東京地方裁判所 昭和57年(モ)17425号 決定
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【説明】
本判決の主文は次のとおりである。
「原告又は原告に代つて原告代理人八掛俊彦及び長内健の両名は、被告らに対する訴訟費用の共同の担保として金七〇万円を本決定送達の日から二週間以内に供託せよ。」
【判旨】
原告が日本国内に住所、事務所及び営業所を有しないことは、本件記録に徴して明らかであるところ、原告は、被告らの本件申立に対し意見書(昭和五七年一二月一三日付、同月二四日付)を提出し、原告の訴訟費用担保提供義務の存在を争うので、以下にこの点に対する当裁判所の判断を示すこととする。
原告の意見の第一点は、「昭和四五年に制定された民事訴訟手続に関する条約等の実施に伴う民事訴訟手続の特例等に関する法律(以下単に「特例法」という。)は、同年日本が批准した民事訴訟手続に関する条約(以下単に「民訴条約」という。)及び民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約(以下「送達条約」という。)の実施に伴い民事訴訟手続に関する特例を定めることを目的として制定されたものであるが、その一〇条本文は、「民訴条約の締約国に住所、事務所又は営業所を有する締約国の国民である原告は、本邦に住所、事務所及び営業所を有しないときでも民事訴訟法第百七条第一項に規定する訴訟費用の担保を供することを要しない。」と定める。右の法案は、文言上は、その適用範囲を民訴条約の締約国の国民に限つているかの如くであるけれども、同条約と送達条約は、ともに国際的司法共助の円滑な遂行を目的とするものであるうえ、送達条約は、民訴条約第一章(裁判上及び裁判外の文書の送付)中の諸条項に関して一層詳細な規定をなしたものという相互関係にあるから、特例法の前記条文の解釈としては、同条本文にいう「民訴条約」には「送達条約」も含まれるとみるべきである。そうとすると、原告がその国籍を有するアメリカ合衆国は、民訴条約を批准してはいないものの、送達条約を批准しているから、同国の国民であり、かつ、同国内に住所を有する原告は、特例法一〇条本文の適用により、訴訟費用の担保を供することを要しない。」というのである。
特例法は、その一条が明定するように、民訴条約及び送達条約の実施に伴い民事訴訟手続に関する特例等を定めることを目的とする法律であつて、その本則は、第一章総則、第二章民訴条約の実施、第三章送達条約の実施、第四章雑則に区分され、三一箇条の規定が置かれている。そのうち、第二章第四節(訴訟費用の担保等の免除)の冒頭に置かれている一〇条は、民訴条約一七条に基づき、民訴法一〇七条一項に規定する訴訟費用の担保提供義務の免除に関して定めるものであるが、右特例法一〇条は、右義務の免除を受けうる主体が、「民訴条約の締約国に住所、事務所又は営業所を有する締約国の国民である原告」であることを明記している。右のような特例法の法文の構造及び同法一〇条の規定形式からみると、同条にいう「民訴条約」に「送達条約」も含まれると解することは到底困難である(なお、民訴条約と送達条約の関係は、前者の締約国の間では、後者が前者の一条から七条までの規定(これらの規定は「裁判上及び裁判外の文書の送付」に関して定めるもの)に代るものであるというにとどまる。)。よつて、原告の右意見は採用の限りでない。
原告の意見の第二点は、「アメリカ合衆国の国民たる原告は、日本とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約(以下「日米通商条約」という。)によつて、訴訟費用の担保提供義務を免除される。けだし、日米通商条約四条1及び同条約の議定書1は、一方の締約国の国民は、他方の締約国の裁判所において、内国民待遇(同条約二二条1)により、訴訟費用の担保提供義務を課せられることなくして、裁判を受ける権利を有することを明記しているからである。」というのである。
日米通商条約四条1前段は、「いずれの一方の締約国の国民及び会社も、その権利の行使及び擁護については、他方の締約国の領域内ですべての審級の裁判所の裁判を受け、及び行政機関に対して申立をする権利に関して、内国民待遇……を与えられる。」と規定し、同条約の議定書1はこれをふえんして、『第四条1における「裁判所の裁判を受け、及び行政機関に対して申立をする権利」には、特に、訴訟上の救助、訴訟費用の担保及び裁判所のための担保に関する権利を含む。』とする。内国民待遇の意義については、同条約二二条1に定義規定が置かれ、それは、「一締約国の領域内で与えられる待遇で、当該締約国のそれぞれ国民、会社、産品、船舶又はその他の対象が同様の場合にその領域内で与えられる待遇よりも不利でないものをいう。」とされている。してみると、アメリカ合衆国の国民が、原告として日本の裁判所の裁判を受ける場合における訴訟費用の担保提供義務に関し、日米通商条約の右の諸条項及び前記民訴法一〇七条一項の規定から導き出される帰結は、単に、当該原告が日本に住所、事務所又は営業所を有するときは、右の要件を備えた日本国民と同様、訴訟費用の担保提供義務を負うことはないが、然らざるときは、右の要件を備えない日本国民と同様、(被告の申立と裁判所の裁判により)右の義務を負うことになる、というに留まる。したがつて、アメリカ合衆国の国民たる原告は、日本に住所、事務所及び営業所を有しない場合であつても、日米通商条約に基づき、当然に民訴法一〇七条一項の義務を免れるとする趣旨の原告の右見解は、同条約の明文に反するものであつて、立法論、政策論としては格別、解釈論としては到底これに与することができない。
(小池信行)